尾頭(おとう)城

尾頭城近辺に建つ住吉神社

 

2017年2月5日撮影


◆別名:

 

◆所在:

熱田区新尾頭1

 

◆交通:

 

◆歴史:

源為朝の二男義次の城館と伝わる。

 

源為朝は江戸時代に滝沢馬琴が著した椿説弓張月の主人公として有名で、弓の名手であった。

保元の乱では父の為義と共に崇徳上皇側に付くが敗れ去り、弓を引けないように腕の腱を切り取られ、伊豆大島へと流罪になった。

 

大島で傷を癒すと、瞬く間に伊豆諸島を支配し、島で娶った女性との間に数名の子供を産ませているが、その一人が義次である。

その後、伊豆を所領とする工藤茂光が朝廷に訴えを起こし、討伐軍が伊豆大島に押し寄せると、数名の子供たちを逃がした上で自害したと伝わる。

 

義次は家臣と共に伊豆大島から抜け出し、源氏と縁の深い熱田大宮司を頼って逃避行を重ね、この地に屋敷を構えたとされる。

 

◆現在:

成長した義次は、朝廷の命令で紀州を根城とする悪党集団『鬼党』を討伐し、首領の首を持ち帰った事で、古渡の地を安堵された上、鬼頭の姓を賜った。

近隣の港区などには鬼頭(きとう)と言う姓が多いが、義次の子孫などの関係者と言えるかもしれない。

 

城跡の北800m程の所には闇乃森八幡が鎮座しており、境内には源為朝の鎧を埋めたと言われる鎧塚が現存している。


住吉神社の南に建つ妙安寺を道路側から撮影

 

寛文7年(1669年)に織田正直が海部郡富田から移し、再興したと伝わる。

 

写真でもわかる様に高台に位置している事に加え、当時は海岸線が目前まで来ており、名古屋三景と呼ばれる程の。眺望絶佳だった。


闇乃森八幡境内に残る鎧塚