大喜田光(だいきたこう)城

城跡近辺には高層マンションが建設される予定

 

2017年2月5日撮影


◆別名:

 

◆所在:

名古屋市瑞穂区白龍町

 

◆交通:

 

◆歴史:

城主は田光氏・森部氏・新田氏など文献によって異なり、詳細も不明の城である。

当時は小高い丘がいくつか存在し、城跡があったとされる地域はしょうぐん山と呼ばれており、西にある津賀田神社は、古代尾張王権の本拠地だったとも言われている。

 

熱田神宮に程近い事もあり、近隣の寺社のほとんどが熱田神宮と縁が深い。

三種神器の一つである草薙剣が熱田神宮に奉納されている事から、古来熱田の地は中立地であり、治外法権の地でもあった上、良好な港を備えていた事から、交易が盛んだったと想像できる。

 

熱田神宮の東には旧鎌倉街道が通っていた事もあり、街道沿いに建てられていた大喜田光城は、交易を守る事に加えて、鎌倉街道を見張る役目の城であったと想像される。

 

◆現在:

かつては、田光ヶ池という池があり、公園としても整備されていたが、昭和12年(1937年)埋め立てられ、現在は宅地となっていて遺構なども存在しない。

 

田光ヶ池、しょうぐん山の記述が正しい場合、この城の北側は山(玄武)があり、南は田光ヶ池(朱雀)、西は鎌倉街道(白虎)が通り、東は山崎川(青竜)が流れると言う、いわば四神相応の地に築かれた城館と言う事になり、尾張王権の本拠地だったと言う説も納得できるが、これは考えすぎなのかもしれない。


城跡の西に建つ津賀田神社は尾張王権の本拠地であったと言われている。


城跡南の白龍神社は、都市化によって、この地にあった田光ヶ池を埋め立てる際、伝説となっていた池の主である白龍大王の魂を鎮めるために建立されたと伝わる。