大野木(おおのぎ)城

城跡は福昌寺となっている。

 

2017年3月6日撮影


◆別名:

塙宗悦邸

 

◆所在:

西区大野木町2

 

◆交通:

 

◆歴史:

永正年間(1504年~1521年)に塙右近が築いたとされる城館である。

 

右近の嫡子の直政は、織田信長に赤母衣衆として仕え、蘭奢待の切り取りの際は奉行に任ぜられるなど、信長に信頼されており、後には九州の名家である原田姓を下賜されて原田備中直政と称している。

 

天正4年(1576年)の石山本願寺の先鋒を命じられたが、本願寺の反撃により一族の塙安弘らが討死を遂げている。

直政の妹は信長に嫁いでおり、庶長子の信正を産んでいるが、直政が戦死すると塙一族は冷遇され、嫡子の安友は京都槇島城主になるものの、佐々成正や豊臣秀次、田中吉正らの元を転々とし、最後は江戸で塙宗悦として医学の道へと進んだと伝わる。

 

◆現在:

平成10年の火災で、本堂を始めとして大野木城関連の文書も焼失したようで、遺構等は存在しない。


福昌寺境内には塙宗悦の碑が建てられている。


境内の墓地の一角には宗悦の墓と並んで、大阪の陣で豊臣方として戦死した塙団右衛門の生母の墓が立てられている。