押切(おしきり)城

神社前を通る美濃路沿線住民の方々によって、各所に美濃路の歴史が紹介されている。

 

2017年3月6日撮影


◆別名:

 

◆所在:

名古屋市西区押切

 

◆交通:

 

◆歴史:

鎌倉時代に大屋佐渡守によって築かれたと伝わる城館。

熱田から清洲城を経由して美濃へと抜ける美濃路沿いに建てられ、東に向かうと木曾街道に繋がるといった交通の要所に築かれた城である。

 

鎌倉時代以降、代々大屋氏の支配する地であったが、室町末期の当主である大屋秋重は今川氏豊が那古野城に入ると、今川氏に従属する。

 

天文元年(1532年)に織田信秀が今川氏豊から那古野城を奪い取る(天文8年説など、時期に関しては 異説有り)と、押切城も信秀の軍勢に攻め落とされて廃城になったと言われている。

 

◆現在:

一般的には白山神社近辺が城跡と言われているが、100m程西側だったと言う説もあり、詳細な位置は不明。

白山神社は、織田信長が桶狭間合戦に出る前に戦勝祈願をしており、合戦後は、この美濃路を通って凱旋したと伝わる。


押切城から東に進んだ所にある小公園のフェンスには樽屋町の大木戸跡の看板が掛けられている。