南分(みなみわけ)城

城があったとされる松栄小学校の北東角

 

2017年3月6日


◆別名:

 

◆所在:

 

◆交通:

 

◆歴史:

佐久間彦五郎の居城と言われている。

彦五郎は川名南城主にも名を残している人物だが、佐久間氏の系図には名前を見ることができない。

 

尾張群書系図には川名(南?)城主佐久間権平が天文2年(1533年)に大平寺を創建とある事から、佐久間晴信(織田信長に仕え、退き佐久間と称された佐久間信盛の父)と同世代の人物と思われ、南分城もこの頃に築かれたと考えられる。

 

小牧長久手の戦いの際に落城し、廃城になったと言われているが、当時の城主などは不明である。

 

◆現在:

松栄小学校の北東近辺が城跡と言われているが、宅地化が進み、遺構などは残されていない。